手話って、なに?『手の言語学(著:松田俊介)』の面白かったポイント・書評

「手話」は言語なのだろうか…?

そもそも言語というのはコミュニケーションの道具なのだから「手話」も言語なんだけれども、僕含め多くの人にとって言語とは「話す」ことであり、「聞く」ことであり、あるいは「読む」「書く」といった行為に結びついてる。音声という媒体を当たり前のものとして、僕は自らの世界を構築していた気がする。

 

で、

「音声」を持たない方達の言語はどうなっているんだろう?

「手話」である。

で、「手話」って、何??という疑問を持った人に、分かりやすく、基礎知識の前の前提知識から丁寧に教えてくれるのが『手の言語学』。

音でも文字でもない、身体と動きによって形成される言語世界。

 

その奥深さと面白さに取り憑かれること必至の一冊を、今回は紹介したい。

 

 

 

 

 

「手の言語学」 
概要と面白かったポイント

『手の言語学』は、全8章で構成された言語学エッセイである。

 

 

例が身近で面白い

著者の松田俊介さんが日本手話の学習を通じて得た驚きや発見を、エッセイという柔らかい形式で綴っているのが個人的な超おすすめポイント。僕のように不器用が故にいつも時間に追われている限界サラリーマンは難しい学術書なんて読めないので、エッセイという形で日常の気付きから

たしかにこれ、どう使うんだ…?

手話だとこれって伝えられなくね?

みたいな感じで、著者と同じペースで「なぜだろう?」を考えられる。で、読み進めることで程よく知的好奇心が充たされて、誰かに話したくなる。

しかし、分かりやすいだけで読んだ後に何も残らない本でない。専門的な難しさを避けていないにもかかわらず、その内容は実に親しみやすく、読者を引き込む力を持っていた。

 

著者の気付きが面白い

そういうこともあるのか…!!

というエピソードが散りばめられていて、とても勉強になった。

 

たとえば、会議が終わってみんなが部屋の後ろのドアに向かっている時に、もうひとつの議題があったことを思い出したとする。日本語話者なら「あ、ちょっと待ってください」と声を掛ければ、みんな振り返ってくれます。では、この会議に参加しているのが日本手話話者だけだったら?さっきの友人に尋ねてみました。

「大きく足踏みをして、振動で何かあることを伝えるかな」

──でも、部屋がものすごく広かったら?

「そしたら、手を大きく振って、誰かそれに気づいてくれないかなぁって思う」

──じゃあ、全員がドアの方を向いていて、誰もこっちを見ていなかったら?

「走って間に合わないんだったら、もう諦めるだろうね」

コミュニケーションを「音」でやるのか、「身体動作」でやるということが、ここまで行動様式に違いをもたらすんですね。

引用:「手の言語学」

 

音声言語では「おーい、こっちだよ!」と呼ぶだけで済むところを、日本手話では、相手がこちらを見ていることが絶対条件となる

視覚的なコミュニケーションの特性が、日本手話の全てを規定している、というのは考えたことも無くて、新しい視点だった。著者の「こういう場合だったら、どうなんだろう?」という仮説思考が面白く、学びを深くしてくれている気がした。

 

 

「日本手話」って何?

本書の大きな特徴の一つは、「日本手話とは何か」という基本的な問いを考えさせてくれること。

漠然と「手話」という概念は持っていたけど、その多様性については気づいていなかった。アメリカ手話(ASL)、イギリス手話、フランス手話、世界には様々な手話があり、それぞれ独立した言語体系を持っているということも初めて知った。

「ありがとう」なんて全世界共通の動作だろ…?

とか思っていた自分がめっちゃ恥ずかしい。めっちゃ違った(以下ショート動画参照)

日本のろう者コミュニティの中で独自に発生・発展した「視覚言語」が「日本手話」である。

 

単なる日本語の「代わり」や「補助」ではない

この気づきが特に面白かった。無学な僕なので

手話か~、良く分からないけど、
僕らが話している日本語の「代わり」や「補助」的な感じでしょ…?

と考えていたが全然違った。

 

「どのように」殺されるのか?

本書を読んでいて、特に印象的だったのが日本語と日本手話の表現方法の違い。日本語話者なら

あのときは殺されそうになってさ~…!

と言えるが、日本手話話者の場合は一筋縄ではいかない。「殺されそうになった」という出来事を日本手話で表現するとき、その過程における「動き」の詳細さが重要になるそうだ。絞殺なのか、撲殺なのか、突き落とされるのか—それぞれの行為は、異なる身体の動きで表現される必要があるらしい。几帳面すぎる…。

 

このような違いを知ることで、僕は自分が日本語話者として何気なく使っているコミュニケーションの本質に触れられた気がした。言語とは、単なる情報伝達の手段ではなく、世界をどのように切り分け、解釈するかに関わる根本的な認識体系とのこと。言語における「粒度」の違いが面白かった。

 

 

 

「手の言語学」 
心に残ったポイントとフレーズ

「手の言語学」を読んでみて「これは!」と思った部分、一節を備忘録として抜き出しておく。

 

暗黙的知識

読んでいるうちに、日本手話を学ぶ過程で自分たちが日本語を話す際に、実は深い原理を理解していないということに気づかせてくれたのも本書のおすすめポイント。僕達は感覚的に、習慣的に言語を使用しているため、その背後にある明示的なルールを意識することはほぼない。

著者の言葉を借りれば、これは「暗黙的知識」であるそうだ。

子どもが、文法規則を学ばずに自然な日本語を話すように、僕たちは無意識のうちに複雑な言語体系を操っている。だが、日本手話という異なる言語体系に接することで自分たちの言語の特性が突然、明確に見えてくるという感覚が楽しかった。

 

 

言語の起源への思考

言語起源論への考え方も面白かった。

この前 イギリス人の友達と久しぶりに会ったとき、英語が全然話せなくなった自分は4割はジェスチャーによって会話を補完していた。なんとなく体感的に、まずは身体を使ってコミュニケーションが行われるようになって、その後に音声になったという”ジェスチャー起源論”が有力だろうな…、と思ったが、音声起源説もあるそうと聞いて仰天。

 

そんなワケあるかい!と思ったが、以下の本を読んでみるとなるほどすごくもっともらしい説なことが分かった。

 

どうやって言語は生まれたか?という問いについては絶対がない(言語が生まれる瞬間を目の当たりにすることはできない)から、それらしい論拠をいくつも挙げて、言語起源の「もっともらしいシナリオ」を作るだけ、ということ。このあたりは今自分がしているコンサル関係の仕事と似ている気がして面白かった。

 

 

「指さし」という超万能コミュニケーションツール

著者の松田さんが「指さし」という単純に見える行為に、とんでもなく丁寧に向き合っていることも面白かった。

 

私が所属する言語学研究室は6階にあり、同じ建物の地下1階には図書館があります。3年ほど前、私が図書館に本を返しに行こうとしたときに、同じ研究室の小林正人先生から、「すみません、図書館にリアーカットさんがいらっしゃるので呼んできてもらえませんか?」と頼まれました。リアーカットさんはパキスタン出身の研究者で、その当時小林先生と共同研究をなさっていました。

リアーカットさんと話したことはなかったのですが、ただ呼んでくるだけですから「大丈夫ですよ!」とお答えして、エレベーターに乗り込みました。

図書館に到着し、自習スペースを見回すと、本を熱心に読んでいるリアーカットさんがいます。目が合ったので「小林先生が6階で待っていますよ」と伝えようとしたそのとき、ふと気づいたんです。

 

この人と何語で話せばいいんだ…?

 

リアーカットさんは日本語を話せないことは知っていました。そして、私は私で、リアーカットさんの母語であるブラーフィー語はまったく分かりません。万事休す…と思いきや、私は共通言語が無い状況でどうコミュニケーションをとればいいのかをちゃんと知っていました。

 

「リアーカットさん、コバヤシ☝コバヤシ☝コバヤシ☝」

 

私はとにかく、小林先生の名前を連呼しながら、上(6階)に向かって指さしをしました。何度も何度もぐいっと。それを見たリアーカットさんは、私の言いたいことを理解して、一緒についてきてくれました。ミッションクリアです。指さしはやっぱりすごい!

引用:「手の言語学」

 

 

 

総括:「手の言語学」
読書レビュー

・言語や言語学に興味を持つ全ての人

・日本手話や聴覚障害の世界についてもっと知りたい人

・自分たちの使っている言語について、新たな視点を得たい人

・人間のコミュニケーション能力の本質について考えたい人

におすすめ。たとえ手話(日本手話)に興味が持てていなかったとしても、知的好奇心さえあれば読み進められ、結果として手話のことが理解できて、面白いと思える構成になっていた。

 

やはりエッセイ形式だったのが個人的には読みやすく、著者の疑問・仮説から展開される解説は心地良く、ほどよく専門的で読みやすかった。「当たり前」とされていた言語観が揺さぶられる感覚もあり、音声を基本とした言語理解の枠組みを越えて、視覚的言語、身体的言語、そして言語の多様性への広がりが感じられること間違いなし。

 

気になる方は是非!

 

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